きまぐれ最前線

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未来戦隊タイムレンジャーという不朽の名作


「明日を変える」というキーワードを中心とし「生と死」「歴史という枠組みの中にある個人の明日」「一つ一つの自由や行動、それに対する責任」といった抽象的で壮大なテーマを真正面から真剣に描き、どこか寂しさはありながらも最後には心の底から温かくなれる作品、それがこの未来戦隊タイムレンジャーという作品である。
設定が粗削りだったり不満の残る話もあるなど諸手挙げて褒められない部分は残ったものの、それでもこの作品には補って余りあるほどの魅力が詰まっていると思う。



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まず第一に特筆すべき点は主人公たるタイムレンジャー5人は戦うことを主目的に置いておらず、あくまで戦う戦士ではない「明日を変える為に動く現代の若者」であるということだ。彼らはTomorrowResearchの活動の一環としてロンダーズファミリーの逮捕を行っているに過ぎない。
だからといって正義感が無いわけではなく、お人好しで周りを放っておけない正義感の強い竜也元来の優しさとプロとしての使命感を持つユウリ自らも不治の病を患うがゆえ誰よりも命の重さが分かるアヤセ孤独な幼少期を過ごした為に誰よりも人懐っこいシオン自分勝手なようで誰よりも他人想いなドモンとそれぞれに自分なりの戦う理由が存在し、年間を通して掘り下げる縦糸とテーマが全員に設定されている。
唯一ドモンは序盤でホームシックを起こし、中盤ではヘルズゲート囚の前に怖じ気付いたりなどしていたが、そこで竜也たちに自分たちの戦う決意や覚悟を聞かされ、ドモンもタイムレンジャーとして戦っていく決意をしている。
タイムレンジャーは警察という側面で見ても非常に優秀であり、皆それぞれが成長していく青年であるが、それと同時に自らの使命には迷いがないプロや大人としても描かれ、きっちりと大人としての分を弁えている。
そして戦うことが主目的ではない彼らの目的とは何か?それは正しく作品のメインテーマである「明日を変える」ことにある。彼らは皆それぞれが辛い過去や事情を抱えており、竜也もまた自らの運命から逃れようとする青年である。竜也はそんな彼らにTomorrowResearchという居場所と「明日を変える」という求心力を与え皆をサポートする心の拠り所としてのキャラクターだ。
金持ちの坊っちゃん気質や前向きな性格も相まって妙なカリスマ性を持ち、臭いセリフを言ってもそれが様になってしまう。
そんな竜也の本質は「明日を変える」というメインテーマそのものであり、目の前にあるひとつひとつを解決することが大きな未来へ繋がると信じている。
そんな彼の前に立ち塞がるのが父親の渡と滝沢直人という青年である。
父親は浅見グループを継がせようと考えているため、それに反抗する竜也に幾度となく現実を見せている。だが竜也は現実に挫けても幾度なく立ち直っているし最終的には父親の考え方を認めているし、その時に「明日を変える」という信条も父親の真実を知ったことで改めて自分の弱さと向き合い乗り越えることで確固たるものにしている。父親もそんな竜也に呆れる素振りを見せつつも心のどこかではかつての自分の姿を竜也に重ね、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
そして父親の他に竜也の前に立ち塞がるのが滝沢直人という青年である。滝沢は力から逃げる竜也とは対照的に力を追い求める青年として描かれている。滝沢は誰よりも恵まれていてお節介である竜也に対して劣等感による強烈なコンプレックスを抱いているので竜也に対し、痛い所をドンドン突いてくるのだ。また力を追い求める理由も「明日を変える」ことにあり本質的には竜也とは似た者同士であるのが面白い。
結果的には竜也は勝者の運命、滝沢は敗者の運命を辿ることとなり、竜也は明日を変えることに成功し父親とも和解して「浅見の名」を自分の意思で受け継ぐ事を決意したが、対して滝沢は力を追い求めることに夢中になり、それが原因で地位や力を全て失い最終的には命を落としている。滝沢は「明日を変えられなかった」のだ。
だが滝沢は死の直前に「浅見…お前は、変えてみせろ」と言ってVコマンダーを託した。そもそも滝沢の竜也に対する強烈なコンプレックスは裏を返せば竜也に憧れ、嫉妬していたという証でもある。竜也が自分に無いものを全て持っていて、なのに手放そうとまでしているのが許せなかったのだろう。だからこそ死の間際に残したあの言葉は、滝沢が竜也の考えを認め、自分にはできなかった「明日を変える」を竜也には達成してほしいという想いに他ならない

また竜也と直人に触れたからにはアヤセとリュウヤ隊長にも触れておこう。
アヤセはオシリス症候群という病気を患っており余命幾ばくもない青年であるが竜也の「未来は変えられなくたって、自分たちの明日くらい変えようぜ!」という言葉に感銘を受け、自らも「明日を変える」為にタイムレンジャーとして戦う過程が描かれている。アヤセは竜也にのみ自らの秘密を打ち明け、竜也はそんな彼を心配しながらも一緒に戦う。一年を通して綿密に二人の友情が描かれているのだ。
そしてリュウヤ隊長もまた自らの死の運命を知ったため、それを変えようと必死に足掻いた人物である。「自らの命と31世紀を救う」為ならば何でもするといった姿勢や必死さが描かれていた。事実、リュウヤは自らのスケープゴートとして滝沢を選び自分の代わりに死なせている。
だが最終的にアヤセは生の可能性を残されたが、リュウヤはそのまま死の運命を辿ることとなった。
ではなぜ竜也とアヤセは「明日を変えられた」のに、滝沢とリュウヤは「明日を変えられなかった」のか?
それは正しく「仲間の有無」であり、竜也は誰に対してもお節介であるが絶大なカリスマ性も持ち合わせている。竜也は事実、アヤセ達4人の心の拠り所となってトゥモローリサーチという居場所を提供している。

対して滝沢は力を手に入れる為ならば何でもしていたし、容赦なく他人を蹴落として、地位を向上させていったのだ。

アヤセは自らの死の運命を自覚し、だからこそ命の重さを誰よりも理解して他人の命を守るという正義感を持っていた。
だからこそ滝沢が手柄を挙げるためにワクチンの元となる血液に爆弾を仕掛けた際には激昂する様を見せている。

リュウヤはアヤセと同じ自らの死の運命を拒んだものであるがそこからが違う。リュウヤは滝沢と同じようにその為ならばどんな手段すらも用いて滝沢すら自らのスケープゴートとしている。

これらのように皆「明日を変える」という意志は共通しているものの手段は全く別で竜也とアヤセは自らと他人の為に行動しているのだが、滝沢とリュウヤは完全な私の為に行動し、その為ならば何に対しても迷いが見られなかった。
このような2つの結末を用意したのは「自己犠牲と他己犠牲の否定」であろう。
目的のためならば何でもして良い訳ではなく自分と他人両方を尊重しなければならないというごく当たり前の結論なのだ。

また終盤の展開にも触れておかねばなるまい。
ロンダーズファミリーは壊滅し、また更に21世紀に大消滅という危機が訪れるのだ。
大消滅を止めてしまえば未来が変わる可能性がある。それはつまりアヤセ達の故郷である31世紀も変わる可能性があるのだ。
アヤセ達は21世紀に対して愛着が沸いているし大消滅も「止められるもんなら止める」「竜也さん達の世界を守りたい」とまで言っている。
だからこそ竜也はアヤセ達に未来を変えさせないため、31世紀に帰還させる。その31世紀は44話でのGゾードを倒した影響により個人の様々な歴史までもが改変された世界であっ

アヤセはオシリス症候群の治療法が見つかり、ユウリの家族も生きている。ドモンも永久追放の筈であったグラップというスポーツも一年の出場停止に留まっている。この際シオンもこじつけでいいからハバード星は滅んでいないことにしてほしかったものではあるが…

アヤセ達は「31世紀に残る」か「21世紀を守る」かで苦悩をすることとなるのだ。
だがアヤセ達は「21世紀を守る」事を選んだ。それは何より、「明日を変える」ことの本質にある「自分の進む道は自らで決める」ということであり、どんなに良い時代であろうと竜也と1年間紡いだ絆や友情、思い出を蔑ろにしてまで選んだ結果に価値はなく、重要なのはその過程であるということだろう。
竜也と同じように「大消滅から21世紀を守る」事を決意して、現代人の竜也、未来人のユウリ、アヤセ、ドモン、シオンは「一つのチームとして団結する」
これはスーパー戦隊の本質ともなる「団結」「星を守る」というテーマ、本作独自のテーマである「明日を変える」が最終回にして結実しているのだ。
一人で必死に戦う竜也のもとに4人が駆けつけるシーンは1年間見続けたからこその感慨があるだろう。憎まれ口をたたくアヤセやドモン、「私達は、この道を選んだの…」と自分の意思を伝えるユウリなど本当に今思い出しても涙が止まらない。
また竜也と4人の別れのシーンも秀逸である。
別れを前にして元気のない竜也をアヤセは「お前と一緒に変えた未来だ、悪いはずはない」と未来に対する可能性を信じて竜也を励ましていた。
ドモンは「辛気臭い顔するなよ、お前の勝負はこれからだろ?」と竜也に告げて、自分の選択を信じて生きていくように励ましている。
シオンは「竜也さん達と過ごした時間は絶対に忘れません」と1年間紡いだ想い出を大切にしていくと竜也に告げている。
そしてユウリ、竜也はユウリに好きだったと告白しそこで2人は自らの思いを確認しあい、ユウリは最後「私達は繋がった時間を生きている、竜也が作る明日の中に生きてるわ…」と決して自分達がバラバラになった訳じゃないと竜也を励ますのだ。

そしてED…1年後が描かれている、ホナミはドモンとの間の子を産み、竜也はランニングをしているのだ。
ランニングをする竜也を車に乗っている父親が追い越し、嬉しそうに振り返るシーン…今はまだ父親が先を行っているが、だが同じ方向を向いているのだ。竜也は「親父、いつかは真正面から浅見を受け止められるようになるよ。今はまだ直人の分まで生きる」と自分の運命にも逃げずに向き合う事を決意している。
結果的には浅見を継いだのだから未来は変えられなかったのかもしれない、でも最初は親に言われるがままだったものが自分の意思で浅見を継ぐ事を決めた。つまり明日は変わったということなのだ。
こういった竜也の精神的な成長も今作の大きな見所の1つだ。
そして「ユウリ、アヤセ、ドモン、シオン。お前達は千年先にいる、俺はそこに向かってるんだ。辿り着くわけ無いけど…でも!お前達とは確実に繋がってる。俺がこれから作る『明日』っていう時間の中で!」という竜也のナレーションで今作は締め括りを迎える。
だからこの作品が「明日を変える」を通して伝えたかったことは「運命は基本的には変えられないかもしれない…ただ、その運命を受け身ではなく自分の意思で選び取ったと自信を持って懸命に生きれば、それは未来に真っ直ぐ繋がって行く」という前向きなメッセージなのだ。
またその「明日を変える」というテーマを具体的にするため「生と死」、「力から逃げる者と力を追う者」といった普遍的なモチーフによる対比を取り入れた。
「生と死」はすなわち命であり、「力」はつまり社会に結びつくテーマ、先程も述べたがその「勝者と敗者」は仲間の有無によって決まる、そしてその仲間の有無は「本人の人間性に依存するのだ。
竜也やアヤセ含むタイムレンジャーは自分だけでなく他人の為にも行動をしていたし、だからこそ彼らは最後までまとまっていたし「心の絆で結ばれた仲間」であった。
だがリュウヤや直人は最後まで「自分のためにしか戦えなかった」。だからこそ彼らに仲間はいなかった。
「明日を変える」というテーマであるからこそ、そんな「明日の変え方」が重要になってくる。
それを人間性や仲間といった普遍的な、しかしとても重要であるものを明確な境とすることで勧善懲悪を守り作劇に明確な説得力を持たせたと思う。

1つだけこの最終回に文句を付けるならEDのアヤセ達のそっくりさんである。せめてそっくりさんはユウリだけに抑えておけば、また味が出たんじゃないかと思うと残念である。

だがそれを含めてもこの最終回は出色の出来で非常に大きな感動とカタルシスを得られたことは間違いない。
特撮でこれほどの感動を得られた最終回は他に鳥人戦隊ジェットマン」「ウルトラマンネクサスくらいのものだ。
アクションに関してもやや地味さは目立つが、キャラクターの成長要素をそのまま戦闘に直結させることで一定のカタルシスを紡ぎ出すことには成功していると思う。
何より刑事という設定を生かし「相手を殺してはいけない」という制約を加えることで戦闘に一定の緊張感を与え、相手との駆け引き等のロジカルな戦いを見せてくれた。
「これからいったいどうなるんだろう?」といったワクワクさせるような演出も非常に巧かったと思う。
だがドラマ重視の作劇上、真正面から正義のヒーローという訳ではない。みな正義感こそ持っているがタイムレンジャーとして戦う動機は「明日を変える」という完全な私によるものなのだから。
とある人が言っていたがタイムレンジャーは確かに名作だ。だがかっこいいのは竜也たちであってタイムレンジャーではない」という言葉の通りなのである。
だが竜也たち5人を中心とした「明日を変える為に動いた青年達のドラマ」は非常にユニークであり、とても綺麗に結実していた。それだけで十分に評価できる。
5人それぞれに設けた縦糸を丁寧に掘り下げ綺麗に結実させたことで、全員がとても濃く愛着の持てるキャラクターとなったのは、やはり評価されてしかるべきだ。

優しく純粋な青年たちのキャラクター、そんなキャラクターが織り成す秀逸なドラマ、時間や歴史を軸とした壮大なストーリー、それらに説得力を持たせる深いテーマ性、何よりそれを体現してくれる役者さんの演技力があってこそ、このクオリティに繋がっている。
今もなお、筆者の中にあらゆる作品の中で最高傑作として輝き続ける「不朽の名作」である。


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筆者はスーパー戦隊シリーズの中でタイムレンジャーが一番好きだ

 

スーパー戦隊プチ紹介

No.7、科学戦隊ダイナマン

(評価:★★★★)
正にTHE戦隊って感じで「子供達の夢を守る」をモットーに正義感溢れる5人の科学者が有尾人一族ジャシンカ帝国と戦う夢と情熱に溢れた作品
後半からはドラマ性も高まり中々見応えがあります
ヘタレだったメギド王子も見事な逆転劇を見せてくれました
ただ、10本尻尾の件はもう少しフォローがほしかったかな
10本尻尾を阻止する理由がダイナマン側にはないというのは少し引っ掛かりました。10本尻尾になったらどうこうは結局ジャシンカ側のお話だけで完結してしまったのは痛い。
ですがそれ以外はストーリーもアクションも良く出来てます。そんな「良作」ですね

No.16、恐竜戦隊ジュウレンジャー

(評価:★★)
ジェットマンと並ぶ戦隊の変革期として有名なこの作品。
ですが内容はその場しのぎのご都合主義や大獣神の胡散臭さも目立ち、あまり手放しには褒められない。キャラも立っているのはブライ兄さんやバンドーラ位だった気がします。
ですがブライ兄さん関連のお話はやはり盛り上がりますし、そこまでツボを外していた訳でもありません。
生きたいと願いながらも死を覚悟して戦うブライ兄さんの格好良さは逸品
スーツデザインやロボットもやはり格好良いです。
何だかんだ嫌いになれない「不作」ですね

No.17、五星戦隊ダイレンジャー

(評価:★)
90年代戦隊でもトップクラスの熱いノリと特有の濃いキャラ立ちで人気を誇る作品。
僕も序盤は普通に楽しめましたし、アクションやデザイン、ロボット、BGMどれをとっても凄く良いです。
問題は中盤から終盤におけるストーリーの大崩壊^^;
それぞれのキャラの話を担当の脚本家が自由にやっていくオムニバス方式を採った結果が裏目に出てしまいました。コウが行方不明になっているのに草野球に興じるのは本当に頭が痛くなりました。
そもそも大吾以外にヒーロー的精神の持ち主がいないのも、どうかとは思いますが導師がいなければまともな連携も取れない。導師は導師で無意味な秘密主義が目立ち隠す必要の無いことまで隠すので胡散臭い、しかも最後は完全な自業自得で死を迎える。
導師がいなくなって皆を何とか纏めようとする亮に向かって「へっ、導師がいなくなって急に亮が威張り出しやがったよ」という事を平然と口にする将児など、キャラに関してもかなり残念でした。
数々の長所が全てストーリーに喰われてしまった、褒める気すら起きない「駄作」ですね

No.22、星獣戦隊ギンガマン

(評価:★★★★★)
正に正統派戦隊ヒーローとも言える子供向け番組のお手本のような作品。
リョウマの戦士としての成長が見所。初期は精神的に未熟さが目立ったリョウマですが、一話で兄のヒュウガを喪失し代理でギンガレッドになり、戦っていくうちに戦士としての自分に自信を持つようになり、26話ではヒュウガに自分から「ギンガレッドとして戦いたい」という決意を表明しました。一話ではヒュウガに励まされていたのに、最終回では逆にヒュウガを自分が励ますほどの成長を見せます。
メンバー皆が自然を愛し優しく「星を守る」という使命に迷いがありません。使命と私情の間で揺れ動いても最終的には使命を選択する葛藤も描かれています。
難点を挙げるならばサラがキャラ立ち出来なかったことや構成や作りがあまりにも丁寧な為に盛り上がりに欠けることですね。ですが22話~26話は戦隊最高傑作と言ってもいい出来映えです。十分に「傑作」だと思います

No.24、未来戦隊タイムレンジャー

(評価:★★★★+)

No.28、特捜戦隊デカレンジャー

(評価:★★★)
21世紀の戦隊では特に人気の高いこの作品。
デザインやロボットは文句なしの格好良さで、13話でのデカマスター登場は本当に惚れ惚れする格好良さです。
ですが、ストーリー的には一話一話を見れば良く出来てるものの年間を通すとキャラや心情の変化があまりなくて盛り上がりに欠けます。キャラクター描写も不十分で設定以上の掘り下げはあまり無かったかなぁ…
主人公のバンは仮にも犯罪者の命を絶つ行為であるジャッジメント不許可が出た際に「えーっ⁉」と驚いたり、「その仕事、俺に向かないからパース」と言ったりなど、かなり人間的に欠落しています。
総合的には良くも悪くもない「凡作」ですね