Time and Space

小林靖子脚本と時間SF作品を敬愛する者

鳥人戦隊ジェットマン

(1991年2月15日~1992年2月14日放送 全51話)

スーパー戦隊シリーズ第15作目となる鳥人戦隊ジェットマンはそれまでの伝統であった「絶対正義に傾倒したヒーロー像」の否定と回帰を軸に語られた物語です。
何せ序盤からメンバーが揃わない不測の事態に見舞われ、偶然バードニックウェーブを浴びた正義感もない一般人達によって構成されているのですから。

唯一の正規メンバーである天童竜ですら死に別れた恋人リエのことになると使命を忘れ、私情に走ってしまう問題児揃いの戦隊で、序盤での団結はほぼ皆無に等しかったでしょう。

そういった彼らが一緒に闘っていくことで1つのチームとして纏まっていく「団結の物語」ジェットマンなのです。

チーム最大の問題児が結城 凱(ブラックコンドル)であり、「人間なんて滅びちまった方がいいんじゃねえか?」というヒーローあるまじき発言さえしてしまうのがこの男です。
この結城凱は所謂カッコつけの男で言うこともカッコよくダンディーでありながら、いざという時には情けない姿を晒してしまう弱い男なんですよ。
鹿鳴館 香(ホワイトスワン)に恋心を寄せていたのも、それは竜に対するライバル視、対抗心かたくるもので、いざ香と付き合うことになっても凱は価値観が合わずに自然消滅しています。
本当に子供のような彼ですが、それでも竜をライバル視するのは、何だかんだで彼の実力を認めているがゆえです。だから竜がリエのことで情けない姿を晒しているのが耐えられないのです。
普段はダメダメでもいざという時に決めるのがこの結城凱というキャラクターの魅力です。

さて、上記をみていると凱が主人公の様に思えてきますが、そうとも言い切れません。
ジェットマン「竜という人間の再生の物語」であり、恋人を失い、そこからバイラムとの闘いを通して仲間と団結し一人の人間として立ち直っていく様子を描いています。
思ってもチームがバラバラになる原因のほとんどは竜が原因で、仲間の事情も考えず一方的に正論を押し付けたり、リエのことになって戦意喪失するなど、凱とはまた違ったベクトルで「弱い人間」として描かれます。常に平常を装っているのは、自らの弱さをごまかしているに過ぎない。
終盤でリエが死に、悲しみに明け暮れラディゲへの復讐のためにジェットマンを脱退するなど最後までそれは変わらないのですが、香に「リエさんが好きだったのは地球を守る戦士としての竜だったはず」と説得され、ようやく振り切ったのです。
そのために皆が竜のために動き、ようやく全員揃ったところで劇中三回しか行われていない最後の個人名乗りとアタックを行い、ジェットマンが真の団結に至ったことを示す。
ジェットマンが個人名乗りも含めて行うのは、メンバーそれぞれの息がピッタリ揃ったときのみで、それがこの作品の最大の持ち味なのです。
ジェットマン最大の特筆点は正義だから勝てたのではなく「団結出来たから勝てた」という所であり、序盤はむしろバイラムの方が仲が良く、ジェットマンは本当にただの寄せ集め集団でしたが、後半に行くにつれジェットマンは団結していき、バイラムは仲の悪さ故に自滅崩壊して行きました。
こういった対比や工夫がジェットマン「団結の物語」と言われる所以であります
最終回の後日談、香との結婚式ではリエの幻影を見ても笑顔を向ける竜が描かれています。

最後にあの最終回の後日談について考察してみましょう。よく巷では「凱が死んだのは蛇足だ」という意見は目にしますが私はそうは思いません。
凱はひったくりに刺され、体を引き摺りながらも親友の結婚式に向かい、傷のことも言わずに祝福をします。死ぬかもしれないというのに、凱は満面の笑顔なのです。18話では死を前にし、「死にたくねえ!」と情けない姿を晒した凱が死を前にしても恐れていない。
この一年間で凱は「竜との友情」「仲間との絆」という大切な物を手に入れ、何の悔いも無かったのではないでしょうか?だから悔いの無さそうな笑顔だったのだと思います。
「人間なんて滅びちまった方が良い」とまで言っていた凱にできた大切な物が、彼らとの絆や友情だっと考えると非常に感慨深くなりますね。

今見ると欠点も散見されますが、それでも流石の完成度であり井上敏樹脚本の頂点に立つ「傑作」であったと思います。