Time and Space

小林靖子脚本と時間SF作品を敬愛する者

未来戦隊タイムレンジャー

(2000年2月13日~2001年2月11日放送 全51CASE FILES)

さて、このスーパー戦隊シリーズ24作目である未来戦隊タイムレンジャーですが、前々作の星獣戦隊ギンガマン「星を守る」、前作の救急戦隊ゴーゴーファイブ「人の命を救う」というテーマを掲げた王道の正統派ヒーロードラマであったのに対して、今作は「明日を変える」というキーワードを通して大人社会における複雑な正義や善悪を描いた作品でした。
メインライターである小林靖子さんの「運命を変えるために生きる若者」という作家性が凝集された作品だと言えるでしょう。
一年間を通して敵を倒すことなく犯罪者を逮捕し続けたという点やラスボスは意志を持った存在ではなくあくまで「大消滅」という災害であるという点を含め、90年代前半のメタルヒーローシリーズをスーパー戦隊のフォーマットに落とし込んだのがこのタイムレンジャーとも言え、そしてそういった世界観にしたからこそ、登場人物の葛藤や「生と死」「大きな歴史とその中にある個人の明日」という壮大なテーマにクローズアップして描くことが出来たと言える訳です。
登場人物達それぞれにドラマが設けられ、それが終盤に向けてひとつひとつ結実していき、最終的にひとつの「明日を変える」という物語に集約される構成は歴代でもタイムレンジャーくらいです。「等身大のキャラクタードラマと壮大で抽象的なテーマ性の融和」、これをやらせたら小林靖子さんの右に出る者はいないと思いましたね。
また竜也や直人、アヤセやリュウヤ隊長を通して「生と死」「勝者と敗者」というテーマに真摯に向き合っていましたね。大事なのは如何に私的な行動でも「公」を大事にするかという視点を忘れない事で、未来人4人は竜也の為にという私情で動いてこそいるけど、そこには竜也のいる時代やそこにいる人々の命を犠牲にできないという想いがあった。そして逆に直人やリュウヤ隊長は「公」の為に動けなかったからこそ命を落としたという見方ができ、そこがタイムレンジャーの対比の存在として描かれていました。

そして最後に竜也が自分の運命と向き合い直人や父親と互いの生き方を認め合うことが出来たというラストも良かったですね。だいたいこういう作品では相手を一方的に悪のように扱うことが多いのに、そうではなく互いの立場を尊重して相互理解に至れたのは「人間は少しずつ変われるし分かり合える」というメッセージだったのだと思います。また一方でそうやって段階を踏んで話し合っていかないと「人間そう簡単に変われるものではない」という事も裏テーマとしてあったように思います。

何より物語に巨悪と呼べる人物がおらず、誰しもが日常に生きる普遍的な人々だったというが良かった。だからこそそんな彼らが抗えなかった運命の残酷さも際立つのですが、運命に勝てたかどうかの明暗を分けたのが「人柄や振る舞い」「仲間の力」であったというのは秀逸。「勧善懲悪の否定の先は個々の人々が信じる正義である」という事を描き、今作は全員が根は何も変わらない普通の人間たちであるからこそ「正義も悪も立場が決めるものではなく心と行動が決めるものである」という事を作劇として示せたのではないでしょうか。
そして千年の狭間から生まれる歴史という抗いようのない大きな物語、個人の悩みや日常といった「小さな物語」が融和した「大きな歴史とその中にある個人の明日」という構図があるお陰で彼らの物語に壮大なスケールや骨太なドラマ性が宿っていたのだと思います。

そしてこの作品最大の美点である各登場人物の深みある造形…本当に一人ひとりのキャラクターの心理描写が丁寧かつリアルだった。まず触れるなら主人公である浅見竜也のキャラクター造形。彼が「明日を変える」というメインテーマの体現者でした。未来に行き詰まっていた未来人たちに「明日を変える」という方向性を与えたのは彼であり、父親や因縁の相手に現実を突き続けられても「明日を変える」ことを信じ続けて戦う。一見すると「私」の側面だけをクローズアップしたようなキャラクターですが、最終的にそれが「21世紀を救う」という「公」の目的へと繋がり、CaseFile49「千年を越えて」のラストシーンを持って現代人の竜也と未来人たちが真のチームとして団結するという脚本は、普遍的な人々やその運命を描くヒューマンドラマとスーパー戦隊というヒーロードラマの擦り合わせに最も成功した例では無いでしょうか。そしてそんな竜也の魅力をいっそう引き立てるキャラクターとなってくれたのが滝沢直人でした。「力から逃げる」竜也とは対照的に「力を追い求める」人物像として描かれていて、一見すると竜也に厳しい現実ばかりを言ってくる嫌味なキャラクターであるものの、実は「力に恵まれなかった」という、ある意味では視聴者に最も近い立場の人物でした。そんな彼が迎えた最期は、力を求め急ぎ過ぎてしまったが故のものという悲惨なものであり、竜也に「お前は、変えてみせろ」と言い残して死んでいくシーンには凄まじい悲劇のカタルシスがありました
キャラクタードラマの秀逸さ、完成度にかけては随一であると断言できます。先程述べたように5人それぞれに戦う動機となるドラマが設けられ、行動原理が皆、一貫して「明日を変える」事であったことなどキャラ造形が物語ときっちりリンクしていて、シリアス、コメディ、日常シーンを大事にして積み重ね、重要な見せ場ではしっかりと盛り上げてきました。 そんなキャラクターの物語を根幹から支えてくれたのが「生活感のある日常描写」でした。5人一緒に生活しているという設定もあり、皆で食事やバーベキューをしたり、TRとして仕事をしたり、買い出しに行く様子なども描かれていました。「ヒーローの日常」というのは意外にも描かれないことが多いのですが、スーパー戦隊ではギンガマン辺りからこういう描写にも気を使っている印象があります。そしてその「ヒーローの日常」の描写は「ヒーローの中に人間を描く」ことを強く押し出す今作だからこそ大きな意味を持つ。ああいう日常シーンがあったからこそ、自分のために戦っていた彼らが21世紀とそこにいる人々を守りたいと思うことに大きな説得力とカタルシスが生まれる訳です。鳥人戦隊ジェットマン「ヒーローの中に人間を描く」というアプローチで人間関係の変化や機微を丁寧に描いていましたが、こういった個々の生活描写までは踏み込んでいませんでした。
だからこそ「等身大のリアルなヒーロー像」を描いたという意味では、あらゆるヒーロー活劇の中でも今作は間違いなく最高峰でした

ラスボスという明確な存在がいないというのも大きな特徴でした。終盤に彼らが立ち向かう大消滅は、言ってしまえば災害であり明確な意思を持つ敵ではありません。そういう大消滅という災害、つまり「世界の運命」のもとで各キャラクターのドラマである「個人の運命」が収束し結実していく様が終盤の見所であり、本当にあそこはスーパー戦隊シリーズでも屈指の名編と言えるでしょう。一年間の構成で見てもこの展開は納得で、それまで「自分の運命」と闘ってきたタイムレンジャーの最後の敵は、大消滅という「世界の運命」であるというのは秀逸です。こうやって分解していくとタイムレンジャーは正に「明日を変えようとする人間たち」「運命と戦うヒーロー」である事が分かり、また時間SFである事を活かし「運命」「未来」と言い換えて、そこに重みを持たせているのも巧い。

最後に欠点を述べると「SF設定の破綻が多い」「アクションがやや地味」等でしょうか。様々な疑問や謎が残りましたし、特撮シーンの出来は確かに凡庸です。物語としての欠点も「シオンのドラマがあまり本筋に絡まない」というものが残り、これは残念でした。ですがそれを差し引いても数多くの美点が残り素晴らしい作品である事は間違いありません。

そしてこの作品のテーマであり、キャラクターの根幹ともなった「明日を変える」。それを愚直なまでに徹底して一貫し、最後に「未来は変わったか分からないけど自分たちの明日は変わった」という秀逸なラストを見せたことこそが今作を名作たらしめる理由なのだと思います。


正に小林靖子脚本の頂点にしてスーパー戦隊「最高傑作」でした。